【20年ぶりに実母に会ってみた】

こんにちは、移動手段は徒歩のみきやです。

少し前のお話ですが、20年ぶりに実の母親と再会致しました。

その経緯や様子をまとめてみましたので、ぜひご覧ください。

家庭が複雑

なぜ20年ぶりに実母と会おうと思ったのかを説明する前に、
「実母ってなんやねん」となる方もいると思うので、
まず、僕の複雑な家庭をご紹介します。

説明すると、僕が2、3歳の頃に父と母が離婚して、、、、無理だ。
文字で表すの難しいので、図で表すとこんな感じです。

 



※母、義母の家庭環境を加えると、もっと複雑になるので省いています。

図では伝わりきらない部分を箇条書きにすると以下の通りです。

・僕が2、3歳の頃に両親が離婚
・僕は父に、1歳下の弟は母に引き取られる
・僕が6歳の頃に父が再婚し、義理の母と1歳下の妹ができる
・僕が9歳の頃に再婚した両親の間に妹が生まれる
・家庭は基本険悪、調子良い時は警察が来る

こんな感じですかね、、

ちなみに実の弟は僕の存在を把握してないみたいです。
悲しいですよね、、

仲の良い1割くらいの友達には話してますが、
今まで聞いたことないといった人は僕の友達ではない可能性があります。

ぜひ、もう一度友達になるためにご飯でも行きましょう!

20年ぶりに会おうと思った理由


理由は以下の3つです。

  1. 社会人になる前に負の感情をリセットしたかったから

    社会人になり損ねましたが、、、それは置いておいて、
    僕はイマイチ決断をすることや最後の一歩が踏み出せない、
    「中途半端男」でした。

    そこには様々な要因がありますが、その核となっているものこそ、
    僕の場合、家庭環境にあると感じたからです。

    そして、その核の問題をピンポイントで解決することが、
    人生を好転させる近道と考えたからです。

  2. 自分の最大限の資産を活用するため

    これはあまり良い言い方ではありませんが、
    僕の師匠から全てのモノはお金に変えることができることを教わりました。

    ここで言う、資産というのは、もちろんお金や人脈を含みますが、
    それだけではなく、アドバイスや愛も資産の一部と僕は考えています。

    親が嫌いだからという、クソみたいな理由だけで
    これらの資産を失うのはもったいなさすぎます。

  3. 「ありがとう」を伝えるため


    ①、②とそれぞれかっこいい理由を並べましたが、実際のところ③につきます。

    僕は小さい頃、両親の勝手な都合で、嫌な思いや寂しい思いもしましたが、
    それも僕が生まれているからこそ思える、ワガママだということ。

    だから、ほぼ初対面ではありますが、
    「ありがとう」を伝えるべきだと思ったからです。

20年ぶりに会った瞬間

20年ぶりと言ってますが、≒初対面です。

なので、僕は実母の顔を知りません。

実母との待ち合わせの連絡はLINEでしており、ほぼ出会い系の再会です。

そして20年ぶりに実母を見た時の僕の顔がこちらです。

『ホェ〜〜〜ェ!実母じゃっ!』と鼻の穴がデカなってます。

そりゃ20年ぶりの再会ですので、無理もないでしょう。笑

「みきや?大きくなったねぇ、」が母の第一声でした。

そりゃ22歳ですから、それなりに成長もしてますが、
そんなことより、ちょっと、距離遠くない?


20年ぶりともなるとこの距離感になるみたいです。

あえて広島弁で言うと、「ぶち遠い」

実母と会って変化したこと


実母にあったことによって、これからは実母のために、もっと良い報告ができるように、
なんて感情の変化は全くありませんでした。

だって、ほぼ初対面ですよ?
無理でしょ、そんな感情移入、おそらく樹木希林でも無理です。

あるいは、僕が非情な人間なんでしょう。

ただ、実母と会った事によって、思い切った決断ができるようになりました。

僕は、大学4回生の1月まで、内定をいただいていた会社で働くか、
それとも就職はせず、自分のしたいことをするかの二択でめちゃくちゃ迷っていました。

そのことを実母に話したり、他にもいろいろな話をした事によって、
親が子に対してどう思っているかの考え方が変わりました。

 

実母と再会前:親は子供に安定した生活を送って欲しい。

実母と再会後:親は子供が幸せなら手段はなんでも良い。

 

今まで、親や祖父母から就職して、可能なら公務員になって安定した生活を送れと、
口うるさく5万回は言われました。

そして、その度に
「うるさいな!したい事あるねん!」という感情と、
「親に迷惑はかけたくない」←(仲が悪い為関わりたくない)
という2つの感情が、7:3くらいの割合で介在していました。

 

 


ただ、親の口うるささは昔から変わっていないんですよね。

「勉強しなさい」や「好き嫌いするな」、「人に優しくしなさい」など
皆さんもめちゃくちゃ言われてきたと思います。

なぜ、こんなことを言うのかをどんどん辿っていくと
結論は「我が子が幸せになって欲しいから」

特に、僕のような田舎出身の人は共感できると思いますが、
親がとにかく「公務員になって欲しい」といってきます。

それは親の世代は、安定こそが幸せだったからだと思います。

ただ、現在はプラットホームも整い、
何もしなくても生きていけるし、安定しています。

そんな中、現在の幸せの定義と親の世代の幸せの定義が異なっているんだと思います。

少し話が逸れてしまいましたが、
とにかく、安定しろと言われるけど、これは幸せになってくれということ。

だから結論は、自分が幸せになれるような決断をすれば良いだけです。

ただこんな風に「安定してくれ」を「幸せになってくれ」という
予測変換ができるようになったのは、20年ぶり会った実母と話したからこそです。

実母と会って、自分の思考の割合がこうなりました。


そして、結論としては内定を辞退させていただき、4月からマニラに行く予定でした。

が、まさかのコロナで、地元福山に滞在、、、ゴォロヌァーーー!!!!!コロナって言ってます。

実母以外の家族

実母以外の方が厄介なんですよね、、
家族に向かって厄介とかよくないと思いますが。


仲悪いので家族写真なんてありませんから、良い感じのフリー素材貼っておきました。

僕は実母以外の家族、父、義母、妹2人とも関係が良くありません、非常に。

特に義母とはかなり劣悪な関係を極めており、5年くらい話してません。

ただ、人生でもトップ5に入るくらいの勇気を振り絞り、
父、義母、妹2人ともなんとかご飯に誘いました。

それでも誘うことができたのは一歩踏み出して、
実母と会ったからかもしれません。

1つの勇気ある決断は、次の勇気ある決断のきっかけになるみたいです。

その食事では、形に見える仲直りなどはありませんでしたが、
自分からご飯に誘った(ずっと黙ってましたが間接的にです)ことによって、
変に家族を嫌うこともなくなり、気持ちが楽になりました。

父、義母が死ぬ前には仲直りしておきます。

まとめ


さあ、結局何が言いたかったのかというと、2つだけです。

  1. 思い切った決断ができない人は、それができない核を見つけ、核を対処すること。
  2. 親の有効活用

現在コロナウイルスの影響で比較的、家での時間が増えていると思います。

親だけに限らず、兄弟、祖父母も含めて、
残り一緒の空間を過ごす時間もそんなに多くはないはずです。

社会人で実家暮らしでなければ、正月と盆の年2回、それぞれ3日滞在するとして6日間、
両親の寿命も考えれば、それがもう何年繰り返せるかはわかりません。

多分一緒にいるとクソみたいにムカつくこともありますが、
会える時に、感謝の気持ちだけでもサラッと伝えてみてください。

清々しい気持ちになりますよ!

特に、何か踏ん切りがつかない人、僕のように家庭環境が原因で、
思い切った決断ができない人にはオススメです。←(あまりいないと思いますが、、)

このブログがきっかけで「久しぶりに親に顔出してみようかな」「電話入れとこうかな」
あるいは、一歩踏み出せない人が、踏み出すきっかけになればと思います。

本日はブログを読んでくださりありがとうございます^_^

 
 
 
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